川本 賀久

Kawamoto Yoshihisa

神戸旬膳 K's Kitchen オーナーシェフ

出身  :兵庫県
特技  :美味しい料理や食べ物の事を話すだけで、人を幸せな気持ちにさせられます。そしてそれを作った時、さらに大きな喜びを人に与えることができるようになってきました。
座右の銘:「正しいことを言う時には、控えめに。。。」
8年務めた壁の穴の当時の副社長、中町洋子氏よりいただいたお叱りとご教示の短冊が今も部屋に飾ってあります。これを座右の銘としたその日から、女性との口げんかにおいて勝率0%となりました。
​お気に入りの場所 :伊勢神宮(めったに行きませんが)
今はまっていること:クリミナルマインドを見て、プロファイラーになった自分を妄想する。
さび付いて体力のなくなった体と、脳みその中だけは世界チャンピオンの空手を再び40年ぶりに始めようと画策中ですが、困難を極めています。

<経歴>
1961年2月28日生まれ 田原俊彦さんと同じ生年月日。これを意識するとやや複雑。
幼少のころの夢は「世界一のピアニスト」。
しかし、小6の時に母親から「あんた、男の子がピアノばっかりやってたらアカンで。勉強して、ええ大学行って、ええ会社に就職するんや」と言われ、ピアノから離れ、勉強をちょっとだけ頑張った。しかし、中学受験は失敗し、高校受験では私立白陵高校に進学したが、体罰を以て生徒を支配しようとするパワハラ体質に反発し、落ちこぼれて某地元私立高校に転入。
その後、私立龍谷大学文学部に1浪後入学、国語科教師を目指す。生活と学費の支払いのためアルバイトを休めないが、それだと教育実習など受けている暇がないことに気づき、一般就職に切り替えた結果、文学部在籍の男子学生など、少なくとも当時の社会からは必要とされていないことを骨身にしみて感じる。結果15社ほど受けた就職面接に全て落とされる。
大学に在籍している意義はないのだと、若気の至りで4回生12月をもって私立龍谷大学文学部を中退。
肩書ではなく「やったもん勝ちの世界」であると思われた飲食業の世界へ飛び込んだのが23歳。当時一世を風靡していた「パスタの壁の穴」京都河原町店に就職したのが昭和59年9月(1984年)の事。以来、気が付けば36年間飲食業の道をひたすら歩んで現在に至る。

30歳で初独立。1992年8月「和イタリア旬膳と純米地酒 美味しんぼ」を開業。
軌道に乗りかけた3年目、1995年1月17日、阪神淡路大震災により三宮・元町の2店舗が全壊・神戸花隈の住居は半壊。
当時は国や自治体からの助成金・支援金はゼロ。唯一義援金と呼ばれた募金の分配が1年に5回くらいに分けて行われ、総額20万円を手にしたのみ。選択肢はなく、さらに借金を重ねて3軒目の10坪の店舗を寿司屋跡に居ぬきで構え、こだわりの究極を目指すことに生きがいを見出し、まい進する。
創業より10年目の2001年11月30日、力尽き、弊店廃業を余儀なくされる。友人のツテを頼りに東京へ出稼ぎ。
それを皮切りに10年間東京都内の飲食店の会社で店長もしくは料理長を10数社において経験。その後、三重県四日市の松阪牛を扱う高級焼き肉店と、伊勢志摩の食材をメインに扱う寿司店両店の支配人として、ある会社の立て直しのミッションを受けてその職務遂行に努める。
その後2014年4月、14年ぶりに神戸に舞い戻り、「神戸牛専門店吉祥グループ」に入社。以来4年間社内において「神戸牛ブランド推進事業部」を立ち上げ、全国からの集客はもとより、現場のヘルプを兼ねながら、インバウンドの集客マーケティングにいそしむ。
2018年4月20日、奇跡的な追い風がいくつも重なったことにより、17年ぶりのオーナーシェフとして自身のレストラン開業を果たす。
以来3年目を迎え、ようやく将来のビジョンが見え始めた矢先、コロナ禍に突入し、今やそのピンチを楽しみながら生と死のはざまをすり抜けるべく日々全力を傾ける毎日を送っている。


─ 取り組んでいることを教えてください。

本当にサスティビナブルなレストランのビジネスモデルを構築し、次世代の料理人志向の人たちに希望を与える形を構築するべくあらゆることを模索中です。


─ ワクセルの面白いところを教えてください。

全ての切り口がユニークで、自立しているものがコミュニティを築くことによって、無限の可能性を追求・支援しようとするあり方に共鳴しました。
中でもこの言葉がとても好きになりました。

「早く行きたければ1人で、遠くへ行きたければみんなで」

ホント、そうだよな~♪と、感銘を受けました。


─ こだわりの仕事アイテムを教えてください。

Youtube Music。
好きな曲が自分の心を静め、あらゆるストレスをリセットしてくれます。
これがあるから、いざという時に集中できる。


─ これだけは譲れないものは?

美味しいものをいただく時には、その料理に合うペアリングの種類を備えているお店で味わうようにする。
料理とお酒は車の両輪。どちらが欠けても、まっすぐには走れない。


─ これから目指したいことを教えてください。

若い世代の人たちが、私の仕事を知った時、「私、その仕事やってみたいです!」と言ってもらえるビジネスモデルを構築する。